デーヴァダッタの教団分裂事件の要約

 デーヴァダッタはコーカーリカ、カタモーラカ・ティッサカ、カンダデーヴィーの子、サムダダッタのもとにおもむさ、サキャ神賢の教団を分裂させることを提案した。
具体的には次のような案を出した。
「友よ。では、われらは修行者ゴータマのもとに赴いて、五つのことを請いましょう。−−<尊い方よ。尊師は少欲なるもの、満足せる者、厳しい修行者、頭陀行者、清らかな信仰心、減損すること、努力を起こすことのためになります。
(1)願わくは、修行僧らは命のある限り林に住む者でありますように。もしも村落に入ったならば、罪に触れることになりましょう。
(2)命のある限り乞食行者でありましょう。もしも招待を愛けるならば、罪に触れることになりましょう。
(3)命のある取りぼろ切れの布をまとう者でありましょう。資産者の施す衣を受けるならば、罪に触れることになりましょう。
(4)命のある限り木の根に住む者でありましょう。屋根に覆われた家に近づくならば、罪に触れることになりましょう。
(5)命のある限り魚や肉を食べませんように。魚や肉を食べるならば、罪に触れることになりましょう>と。
 修行者ゴータマはこれらの五つの[禁止]を承認しないでありましょう。」
 ※この五つについては、経典によって他にもいくつかの説がある。上にあげたのはパーリ仏典のもの。

 デーヴァダッタはサキャ神賢のところへ行き、上の五つの事項を提案した。デーヴァダッタが思った通り、サキャ神賢はこれを承認しなかった。以下、サキャ神賢の言葉。
「やめよ。デーヴァダッタよ。欲する者は林に住め。欲する者は村落の中に住め。欲する者は托鉢行を行え。欲する者は招待を受けよ。八ケ月の間(雨期でない時期には)木の根本に座臥することをわたしは許した。三つの店で清らかな、すなわち殺すところを見ず、殺されるときの声を聞かず、自分のために殺されたのではないかと疑われない魚や肉を食することも許した。」
 思った通りにサキャ神賢が答えたので、デーヴァダッタは喜び、「サキャ神賢はこれらの五つの事柄を承認しません。そこで我らはこれらの五つの事柄をたもっていることにしましょう。」と、みなに告げた。
 そこで信仰心なく、心が澄まず、悪意ある人々は、「サキャ神賢は贅沢をしている」と非難した。
 しかし、信仰心あり、心が澄み、賢明で、もののわかった人々は、怒っていった。「デーヴァダッタが尊師の教団を分裂させ、不和をかもし出そうとするのは、どうしてであろうか。」そしてこのことをサキャ神賢に告げた。サキャ神賢がデーヴァダッタにそのことを確かめると、デーヴァダッタはそれを認めた。サキャ神賢は言った。
「やめよ。デーヴァダッタよ。教団の分裂を喜ぶな。教団の分裂というのは重大事である。和合させる教団を分裂させる者は一カルパの間続く罪を作り、一カルパの間地獄で煮られる。しかし分裂した教団を和合させる人は清らかな福徳を積み、一カルパの間天上で楽しむ。」
 しかしデーヴァダッタはそれを聞かず、アーナンダも取り込もうと思い、アーナンダを次のように誘った。
「今日から以後は尊師と離れ、修行僧の教団と離れて、別にウポーサタを行い、教団の儀式を行いましょう。」
 アーナンダはデーヴァダッタの言ったことをサキャ神賢にそのまま報告した。
 デーヴァダッタはそのウポーサタの日に、ヴァッジ族の五百人の修行僧たちに言った。
「修行者ゴータマはこれら五つの事柄を承認しないけれども、われらはこれを保っていよう。これらの五つの事柄を認める人は算木を取れ(※つまり投票を行ったわけです)。」
 ヴァッジ族の五百人の修行僧たちは新参者であって、事情を知らなかった。彼らは<これは法である。これは律である。これは師の教えである>と考えて算木を取った。こうしてデーヴァダッタは教団を分裂させて、この五百人の修行僧を連れて象頭山(ぞうずせん)に赴いた。
※このヴェーサーリー出身のヴァッジ族の修行僧は、初期仏教史においてもとかく異端者であって、仏教教団がのちに上座部と大衆部に分裂するきっかけを作ったのも彼らであった。

 そこにいた者のうち、五百人の修行僧は皆デーヴァダッタについていったが、アーナンダと他の一人の修行僧だけが加わらなかった。サーリプッタとマハーモッガッラーナは、そのときそこにいなかった。二人が事の事情をサキャ神賢に報告すると、サキャ神賢は、「それらの新参の修行僧らに対して汝らは慈悲心がないのか。彼ら修行僧が破滅に陥る前に、汝らは行け」
と言った。
 二人はデーヴァダッタのもとへ行った。デーヴァダッタは、二人が自分につき従って来たのだと勘違いし、喜んだ。コーカーリカは、彼らを信用するなとデーヴァダッタに忠告したが、デーヴァダッタは二人が自分の教えを喜んでいると信じ、迎え入れた。
 その夜、デーヴァダッタは修行僧たちに教えを説いた後、疲れたので、今度はサーリプッタに説法をするように頼み、自分は眠りに入った。
 デーヴァダッタが寝ている間に、サーリプッタとモッガッラーナは修行僧たちに教えを説き、その教えを聞いた修行僧たちには、けがれなき真理を見る目が生じた。そしてサーリプッタは言った。
 「友よ。我らは尊師のもとに行こう。尊師の教えを喜ぶ者は来たれ。」
 こうして二人は、デーヴァダッタが寝ている間に、五百人の修行僧をサキャ神賢のもとに連れ帰った。後でそれを知ったデーヴァダッタは、口から熱血を吐いた。
 サキャ神賢は、デーヴァダッタが惨めな死に方をするであろうことを予言し、さらにその後サーリプッタを称賛し、さらに次のように続けた。
「デーヴァダッタは八種の邪悪に刺され、心をとらえられ、悪しきところ・地獄に堕ちて、一カルパの間住し、救いようがない。すなわち、利得と損失と名誉と不名誉と尊敬と不尊敬と悪欲と悪友と、これら八種の邪悪に刺され、心をとらえられ、悪しきところ・地獄に堕ちて、一カルパの間住し、救いようがない。そうだ。修行僧は厳に生じた利得をそのたびごとに制して住すべきである。利得と損失と名誉と不名誉と尊敬と不尊敬と悪欲と悪友とが既に生じたならば、その度ごとに制して任すベきである。
(中略)
 デーヴァダッタは三種の邪悪に制され、心をとらえられ、悪しきところ・地獄に堕ちて、救いようがない。その三つとは何であるか。(1)悪欲と(2)悪友と(3)つまらぬ美点を得たために途中で向上の努力をやめてしまったことである。このような三種の邪悪に制され、心をとらえられ、悪しきところ・地獄に堕ちて、一カルパの間住し、救いようがない。
(後略)」