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◆93/1/2 富士山総本部(狂気の集中修行)
極限修行での行法の選択

 三十一日、一日、そして二日と、ま、約三日近く修行しているわけだが、あまり普段から極限状態で修行していない人たちにとって、この狂気の集中修行は大変つらい要素が存在すると思われる。しかしこのつらい要素の中に、本当の意味での安らぎやあるいは幸福、あるいは実際に感覚の無常性等を理解することができるようになったならば、それはそれで一つの大きな利益である。
 例えば、あなた方がもしやる気をなくしてきている、つまり修行に対する欲求が少なくなってきているとするならば、それに対しては決意を回復するまで唱え続け、そして小乗のツァンダリーに励む方が効果的である。いくら長く瞑想修行のような状態で座っていたとしても、半分眠っているような状態であるとするならば、その効果は半減する。記憶修習はあくまでも、はっきりした意識状態で徹底的に記憶を修習することがポイントである。したがってそこのところをもう一度理解し、そして、もし先程述べた放逸、つまり集中の欠けた状態であるとするならば、ここで決意を唱える必要がある。もちろん、あなた方の中でどの決意を唱えていいんだという疑問があるかもしれないが、これについては特別に、サマナ用の決意の最もハードなものを提供することにしよう。
 逆に、もしあなた方が今まだ集中の欠けない状態でいるとするならば、つまり集中できる状態であるとするならば、小乗のツァンダリーをひたすらやんなさい。そして体がもし寒いとするならば、小乗のツァンダリーのヴァヤヴィヤの観想付きのものを徹底的に強く観想して行なうべきである。ここで言う「観想」とは、イメージのことではなく「思う」ということである。例えば、自分のヘソより少し下の部分に青白い帯が存在するんだと、そして前面に燃える炎が存在してるんだと思うこと、これを何度も何度も思い、そして呼気と吸気に合わせてしっかりとプラーナーヤーマを行なうならば、そのうちこの観想は見えてくるものである。だからこのわずか十日間の間に、見えることができないとしても、思うだけで熱を発生させることができるということに気づくはずである。これが思念の力である。
 したがって段階を追って、自分の今行なっているプロセスの内容をもう一度チェックし、そして先程述べたとおり、自分自身が不放逸であるのか放逸であるのかをチェックした上で、今あなた方が行なっている修行を最も効率的に進めなさい。いいね。
(一同)はい。
 では、先程も述べたとおり、もし集中の欠けてる者がいたら、担当している師の方々にしっかりとその要素を告げてください。いいね。
 はい、ではしっかり頑張ろう。