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◆91/6/19 富士山総本部
行の意味合い----証智すること

 実は以前、0という人がいた。この0という人は、出家して初めは真面目に修行していたんだが、途中から不真面目になり、そして、性欲の戒も破り、最後は下向した。その彼が経験したものはタコであったと。タコとは何かというと、アストラルに実際タコが現われたと。で、そういうものが見えますと。あるいは、クラゲのようなものが見えますと。あるいはイカのようなものが見えますと。君たちはこれをどう思うだろうか。この彼はどこへ転生するだろうか。----ん? どこだ。----海の魚だな。で、何を言いたいかというと、そのようなかたちで、彼は「証智」したわけである。彼は行者だったからね。証智したわけである。
 で、わたしが何を言いたいかというと、君たちの次の生は、君たちで理解すべきである。証智すべきである。それは、君たちがしっかりと行の修行を行なうことによって、必ずいろいろな経験をするはずである。ある人は憤怒天の光が射してきて、そこで経験をするかもしれない。
 例えば例を挙げるならば、Gなどは間違いなく百ゼロで阿修羅へ生まれ変わるだろう。これはなぜかというと、実はわたしは彼の供養を一度受けたことがあるんだが、その食事を受けた、そのとき何が出てきたかと。まず武人が出てきてね、日本刀持ってるんだよ。で、首をスポーンとはねると。「ああ、これはGだな」と。
 で、ということは次にこの、例えばGが天界に至るときは、同じように、天界の言葉、心、そして行為と移っていくであろう。つまり、もうすでに、今の段階で君たちの来世は決められていると。そしてそれを崩して解脱していくことが修行であると。ね。そして、真理の教えの最奥儀とは何かというと、その状態をつくり上げていくと。例えば心もそのように記憶修習し、言葉もそのように記憶修習し、そして行為もそのように記憶修習すると。わかるかな、言ってることは。ということは、日々それを意識しなければ、わたしたちの身・口・意を媒体とした、五蘊を変化させることはできないということである。
 よって君たちは、二つのことを修行課題としなければならない。一つは、五蘊を変化させるために功徳を積み、心を静めなさいと。もう一つは、自分のカルマ、来世を含めて、それを知るために一生懸命、行に励みなさいと。この二つをなすことによって、自分自身の変化、自分自身の内側がどのように変化していくかということが、しっかりと理解できるはずである。もしそれを理解するならば、揺れはなくなろう。
 なぜなくなるかと。「あの人はあのように煩悩を満足させている。よって来世は三悪趣である」と。「この人は、このように真面目に功徳を積んでいる。よって来世は欲望天界である」と。「この人は、このように行と、それから修行を行なっていると。功徳を積んでいると。よって、あの人は神聖天である」と。「あの人は、あのように日々三つの行、身・口・意の行を行なっていると。そして光を放っていると。よってあの人は神聖天以上の形状界の世界である」と。「あの人は、生に対して全く頓着がないと。よってあの人は、非形状界である」と。ね。
 このようなかたちで、君たちは自分の目でそれを見、聞き、そして匂い、味わい、感じることができるようになるための修行法を伝授されているわけである。よってそれを日々記憶修習し、実践しなさい。いいね。
(一同)はい。
(尊師)その恩恵は、君たちが考えている何千倍、何万倍、何億倍の価値があるわけである。例えば、君たちが今生、俗にいうとこの五妙欲を満足して来世三悪趣へ落ちるというのと、例えば君たちが今生五妙欲をあまり満足させないで、人間としてのそこそこの五妙欲を満足させ、そしてあなた方の身が壊れたのち、善趣である天界へ生まれ変わるのとでは大きな違いである。わかるね。
(一同)はい。
(尊師)それからもう一つ。アストラル・ライトについて少しお話をしたい。
 わたしたちと世界を結ぶものは光、あるいは色であると。で、この光・色というのは、次元が低ければ、その光は大変輝いてるように見える。次元が高ければ、その光はくすんでるものとして見ることができる。それはどういうことかというと、ちょうど例えば、普段から豪華な生活をしていれば、中程度の生活を見る場合、それは劣ってるように見える。あるいは劣等の生活をしてる場合、中程度の生活をしてる者が高等のように見えるのと同じである。わかるね。
 よって、例えば色を見て、この色は何であると断定してはならない。断定できるのは、その色が----そうだな、U。トゥゲという意味わかったか。----あれは調べてないのか。----マイトレーヤのとこにあるんじゃないの? ない?----ない。----要するにその一粒一粒がヴィジョンに変化します。で、そのヴィジョンに変化した段階で断定すべきである。大変似たカラーの色が多い。
 よく、神智学で、「この色はこれを表わす」というのは決して信用してはならない。君たちは君たちが自分の目で証智したものだけを信用しなさい。いいね。
(一同)はい。
〈尊師)例えば例を挙げるならば、赤。この赤というのは、神聖天の赤も凍る。あるいは第六天界の赤もある。あるいは第一天界の赤もある。あるいは憤怒天の赤もある。あるいは性欲の赤もある。わかるね。このようなかたちで、同じ赤といっても、いろんな赤がある。だから、「わたしは赤を見たんだ。よって云々」という、断定的な答えを出してはいけない。その赤い光に集中してると、その光の一粒一粒がヴィジョンになって変化します。その段階で、あ、この赤は例えば憤怒天の赤である。この赤は、例えばナーガの赤である。この赤は例えば、第六天界の赤である。この赤は、例えば慈愛の赤であるというふうに判断しなさい。いいね。
(一同)はい。
(尊師)歌詞カードは持ってきてない。よし。来てないんだったら、いきなり、「超越神力」いこうか。ビデオはできてるんでしょ? どうなんだ。----ビデオも?----だれが取りに行ってるの?----「ガティーカーラ経」は?----じゃあ「ガティーカーラ経」から行こう。
 これは、MAT、それからAEI、そして他のステージの高い人たちの協力を得てできた、アニメとしては第三作目だね。第一作目が「輪廻転生」、これについてはまだ完成してませんので、まだ皆さんにはお見せしてないけども、これも曲の部分の作曲もあと何日かでできるから、おそらく今月中にはお見せできると思います。----どっちから行くかなあ。うん? ガティーカーラから先行こう。連続で行こうよ。ガティカーラ、「超越神力」と。先にガティカーラから行こう。

《「ガティーカーラ経」上映》

 あの、絵、その他もかなりうまくなっているんだけども、技術的に、例えばわたしの歌も含めて、まだ声優の人たちが努力をする必要あると思いますが、それは今後のご期待に、ということで----では次にもう少し、もっとアニメっぽい「超越神力」、これをこれからいきたいと思います。はい切っていいよ、一番。

《「超越神力」上映》

 このようなかたちで、オウム真理教の救済計画のグッズ、つまり商品は少しずつ少しずつでき上がってきてると。そして、これに携わってる人たちは多大な功徳を積んだであろうと思います。
 で、オウム真理教のサマナには二つのタイプがいて、一つは真面目にコツコツと功徳を積み修行するタイプ。もう一つは、そうじゃなくて、現世を一生懸命修習しながら、そして下向していくタイプと。どちらが利益があるかと。それは見てもわかるとおり、修行者として記憶修習を続けるならば、君たちのもともと持っている叡智というものは増大し、そして、必ずや真理勝者となることができるであろう。それは、例えば今生できないとしても、いずれかの生に必ず仏陀として再来するだろう。しかしもし君たちがそうではなくて、現世へ下向したとしたならば、結局、君たちが否定しようとも肯定しようとも、いずれかの生で三悪趣へ生まれ変わり、特に地獄へ生まれ変わり、苦しまなければならない。
 ここで一つ、わたしが昨日経験した地獄の話をしよう。その地獄は、地獄へ落ちるとき、ちょうど畳から吸い込まれるようなかたちで落ちて、壁を二つぶち抜いて行った世界です。その世界は、椅子に固定されね、首をちょん切る刃物と、そして足にはアルカリ水が流れていたと。おそらくこれはNaOHではないかと、水酸化ナトリウムではないかと思います。で、その身体が、その水酸化ナトリウムによって溶けるわけだけど、その溶けても血が出ないんだね。で、ちょうど大根をおろし金でおろしたようなかたちでどんどんへこむと。で、色は自分の足であると。
 わたしはそこからチュウの瞑想を行なって、すぐこの世界へ戻ってきたわけだけども、何を言いたいかというと、そのようなかたちで地獄は確実に存在している。その地獄を経験している、高いオウム真理教の中の成就者も何人かいるということを君たちが理解するならば、その現世イコール自分たちを悪趣へ導く道であるということが理解できるはずである。
 それでは、「ヴァジラヤーナ」、そして「黎明」、「タントラヤーナ」の三曲を歌って、そののち、インド紀行のT、UV、三本のね、テープを見、そして終わりたいと思います。わたし自体はこの三曲歌ったらオウム三唱してもう部屋に下がります。
 そしてね、もう一つ君たちに対してのプレゼントとしては、十月、信徒の方を約三百名連れてインドに行くつもりだが、その付き添いとして、師プラス、サマナで約百名の人を連れていきたいと考えています。ですから、この中のサマナも、まあ、何名か何十名かはわたしと一緒にインドに行くことになると思います。そして、もう一つこれはインドでの報告だけども、実は、わたしの子供のお世話として、V、S、それからB、Sと四人付いたわけだけど、今回は、やはりサマナとしてね、ついてきたVさんが一番よく頑張った。ということは、十月、師だからとか、あるいはサマナだからではなく、今回は信徒さんのお世話だから、当然一生懸命やる人、実力のある人を連れていきたいと思います。それから、もちろん、その中に君たちもその、仏跡を一緒に巡拝することは可能なようにしたいと考えています。
 それでは「ヴァジラヤーナ」「黎明」「タントラヤーナ」と三曲歌ってオウム三唱して、いったん終わりとしたいと思います。

《ヴァジラヤーナ》
《黎明》

 救済は、君たちサマナが、苦しみを乗り越えることから始まるんだよ。

《タントラヤーナ》

 煩悩・観念・観念の崩壊、それがタントラの三乗です。
この深遠な意味は、この曲ののち説きましょう。

 戦え戦士の古いヴァージョン用意しといて。
 はい。このタントラの三乗、これはどういうことかというと、要するに、わたしたちの持っている煩悩、この煩悩を供物として神々に捧げると。あるいは供物として、悪趣に捧げると。それによって、わたしたちの構築していた観念を崩壊するということ、これがタントラの瞑想プロセスを組み立てられている深い意味合いです。ですから、そこを理解するならば、わたしたちは、一見煩悩を満足させてるように見えながら、実際解脱に向かえると。しかしそれは、相当に高度なグルの指導が必要です。いいね。
(一同)はい。
(尊師)はい。それでは、戦え戦士の古いヴァージョンいって、今度こそ終わりにしましょう。

《戦え真理の戦士達 Ver.T》
(前奏部分で)さあ君たちは、救済者としての戦いを全力でやらなきゃならない。いいね。
(間奏部分で)目覚めよ、向煩悩滅尽多学男女よ。君たちのなさなければならないことは、証智である。そしてすべての世界を知り、経験し、絶対的な確信を持ち、真理の道を歩きなさい。いいね。