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◆91/1/15 富士山総本部(狂気の集中修行最終日)
下分結を超越せよ

 今回の狂気の集中修行の結果を見て感じることは、修行の効果は相当に高いと。しかし、下分結の、要するに止滅がなされていないがために、成就という判定がすごく離しいと。
 例えば、典型的な例がKであると。Kの今の霊性ステージというのは、相当高い。ただ若干、下分結で漏れてると。この漏れがなくなったら、クンダリニー・ヨーガの成就者として判定してもおかしくはないと思います。
 では、下分結の漏れとは何かというと、貪・瞋・癡、それから有身見、疑、戒誓取、まあ、このようなものが入るわけだけどね。
 それから、もう一人、あの、Mさんだっけ? Mさんは、ラージャ・ヨーガからクンダリニー・ヨーガのプロセスに入り出している。で、今回見た中で、彼女の下分結が一番、取れてるというか、止滅がなされていると。ただ、Kとの例えば比軟をするならば、上流、つまり上に引き上げられるエネルギー、光の量がやっぱ違うんだね。これはおそらく、信徒になってからの長さの違いだと思います。で、他の人も心がかなり明るくなって、で、現象を見る力というものはついているわけだけど、完全に下からエネルギーが漏れてると。
 よって、穴の空いた袋にエネルギーを入れている状態であるということになるわけです。だから、例えばMさんをラージャ・ヨーガの成就と判定することはやぶさかではないが----すでに変化身を作るプロセスに入っていっているから----そこも注意をしないとまずいということがいえます。
 で、他の人たちの----mさん。このmさんも同じで、これは逆に、例えばMさんに比較すると、エネルギーの上昇、光は強いんだけど、今度はやっばり下分結で漏れがちょっと強いと。
 で、これは何を意味してるのかというと、まず、戒律遵守、これができてないから、下分結から漏れるんだということがいえると。言い方を換えれば、戒律さえ守ってきちんと瞑想すれば、そうだね、相当の人がラージャ・ヨーガの成就が達成できると思います。つまり、今回で、完全に土台ができあがってしまっていると。これについてわかるか、みんな、わたしの言いたいことは。だから、例えば光も相当強いと。
 Yさんもそうだね。光も相当強いと。ただ、光も相当強いんだけども、やっぱ、まだ下から漏れていると。で、ここで、その称号を与えちゃうと、気を緩めるんじゃないかなという不安があるんだよ、わたしは。どうだ、それは。
 例えば、今言ったMさん、スワミ・K、それからYさん、そしてmさん。わたしの言っていることはわかるか? S、ちょつと聞いてみろ。理解できなければ、少し説明しなきゃなんないから。
(S師)じゃ、Yさん、お願いします。
(Y)おっしゃることはわかりますけども、できれば詳しく、ご説明をいただきたいと思います。
(尊師)例えば、スヴァディスターナの情だね、家族その他に対する情。例えばムーラダーラの嫌悪。例えば、マニプーラの、その真理でない情報を入れたがる性質といったものがあると。これは、漏れなんだよ。わかるかな。そうすると、そこから漏れてるから、今は、今回は狂気の集中修行で相当エネルギーを蓄えてるから、ドーッと上にね、エネルギーが引き上げられて光が強くなってるんだけど、これがまた現世へ戻ったときに、漏れてしまうと。そうすると、判定、ここで例えば判定を出してしまうと、漏れが完全に封印された状態じゃないから、ステージが落っこっちゃうと。それを気にしているわけだよ。ところが、出家したサマナのわたしのラージャ・ヨーガの成就という判定は漏れがないんだね、よっぽどの破戒行為がない限り。そこの差があるわけです。一人ずつ聞いてみて。
(S師)はい、じゃMさん、お願いします。
(M)はい。それは、やっぱり、とてもよくわかります。
やっぱり今日修行が終わってみて、ずいぶんエネルギーが上がって、あ、いい状態になったなと思うんですけども、現世に帰るのがとても怖いというか、すごくもろいだろうなって自分で思います。特にわたし、意志の力がとても弱いので、弱いのでというか、やっぱり、大変なことになるだろうと思いますので。
(尊師)内側にね、もう一つの身体、変化身の身体が少しずつ現われ出してるから、あなたの場合、おそらくは夢見が全然変わっちゃったんじゃないかと思うんだけど。
(M)そうですね。
(尊師)でしょ。
(M)はい。
(尊師)でき出している段階なんだね、その化生身といわれているものが。だから、そういう意味でいったら、もったいないという気がするんだけど。
(M)でも基礎的なことをやっぱり、今現世でやって、きちんとやらなきゃいけないという、当面の目標がありますので、とにかくそれをやってと思って、出家するなら出家できるようにしたいと思っています。はい。
(S師)じゃ、mさん。
(m)わたくしも、このまんま、もし成就させていただいたら、とっても怖いと思ってます。自分自身の意志がまだ大変弱いので、その辺で恐怖、不安感もございますし、毎度尊師に言われているように、教学不足ですので、そういうところからくる今回のような大ミスがございますし、そういうものをなくしてからでないと、大変に不安が残ります。
(尊師)漏れてるっていうのは、わかるか。
(m)ん、なんとなく。
(尊師)あなたの場合、嫌悪もかなりなくなっているし、ただ、スヴァディスターナから漏れてるだけなんだね。おそらく、これはYSとか、あるいはT君に対する愛着じゃないかと思うんだよ、わたしは。
(m)と、思います。
(尊師)その漏れがふさがれば、成就と言っていいんじゃないかね。
(m)はい、ありがとうございます。
(尊師)そこまで、かなり厳しい判定をしているわけだよね、普段から。
(m)切らなければいけないと思いながら、いまだに切れないでいますから。
(尊師)うん、超えればいいんじゃないかと思うけどね。
切る必要はないと思うよ、超えればいいと。
(m)はい、----はい、わかりました。ありがとうございます。
(S師)はい、Kさん。
(K)よくわかりました。去年を振り返って、自分が漏れていたというか、不足していたということは十分わかりました。今年は土台を固めたいと思います。
(尊師)うん。戒律の遵守を特にね、ポイントとすれば、おのずとクンダリニー・ヨーガの成就は訪れると思います。しっかり、固めの瞑想をやってれば。それだけ、今回エネルギーが引き上げられてます。だから、あなたと例えば、あなたが声を発すると、周りの空間が引き上げられるしね。ということは、それだけエネルギーが強いんです。だから、あと、下分結をね、とにかくしっかりとつぶすということだけに集中してごらんなさい。
(K)はい、わかりました。
(尊師)持っているエネルギーは、もう相当強いから。
(K)はい、どうもありがとうございました。
(尊師)よって、今回はラージャ・ヨーガの判定はしないけども、あるいはクンダリニー・ヨーガの判定はしないけども、今回参加した人たちの特徴としては、皆さんの心がね、綺麗で、そして明るいと。この十日間で相当に、ある意味でカルマを落としたなと。ということは、ラージャ・ヨーガの成就と判定されるより、あるいはクンダリニー・ヨーガの成就と判定されるより、素晴らしいことだとわたしは考えています。それは、どういうことかというと、結局、あなた方は最終的に到達しなきゃなんない空、マハームドラーだね、大いなる空、これに到達するためには、あなた方の心が広大無辺にならなければならない。そして浄化されなければならない。そういう意味で、今回あなた方の修行は、心の浄化、心の広大さを引き出した最高の修行だったんじゃないかと思います。
 特徴的に挙げるならば、先程言った今の四名。この人たちは、だいたい、まあ、今回参加している人はほとんどそうだけども、よく功徳を積んでいらっしゃるであると。ただグルに対する思念が強いか弱いかで、上に強烈に引っ張り上げられるか、あるいは横に広がるかの違いが出てくるわけだけど、ラージャ・ヨーガ、クンダリニー・ヨーガというのは上に引っ張り上げられるヨーガであると。そういう点から言ったら、もう少しグルを意識してもいいんじゃないかなと。個々の、例えばザンゲ、あるいは個々の功徳の積み方というのは、しっかりしたものがあると。これにグル、諸々の仏陀、シヴァ大神というものを意識することによって、あなた方の修行というのは、飛躍的な進歩を遂げるはずです。
 そして、あなた方が今回なした修行は、あなた方のね、今年一年のエネルギーの蓄え、それから素晴らしく、あなた方のいいことがね、起きてくる。あるいは、ザンゲの足りない人は初め悪いことが起きるかもしれないけど、それについては、しっかりとザンゲすることによって、早くカルマが落ち、そののちは素晴らしい、いろんないい現象が起きてくるはずです。そういう意味で、今回の狂気の集中修行というのは、実り多い修行だったんではないかと思います。
 先程も述べたとおり、心の大きさ、光、これは皆さんが強くなり、大きくなっています。ということは、しっかりと修行を続けていけば、在家では無理だといわれてたマハームドラーの成就も、ね、成就させられることができる時代が近いうちにくるかもしれないなというのが、わたしの今の期待です。それは、皆さんが在家の修行者として、広大無辺な四無量心の実践をし、心を大きく大きく持っていただければ、必ずや二番目のヨーガ、あるいは三番目のヨーガといった成就が訪れるでしょう。
 もう一度ここで復習をしたい。それは、今回参加していを人すべてが下分結をまだ止滅じていないと。で、下分結は離れることでもなければ、逃げることでもない。否定することでもない。一番いいのは「超えること」であると。
 じゃあ、超えるとはどういうことだと。まあ、例えばmさんの例を挙げるならば、二人の息子さんがいらっしゃると。で、この二人の息子さんにだけに愛着を持つんではなくて、すべての魂に愛着すると。すべての魂の幸福を願うと。そのすべての魂の中の二人として、息子さんを見つめると。これが超えるということです。否定するということは、この二人の息子さんに愛着を持たないぞと。完全に、ね、押し退けると。遠ざけるということ。遠ざける必要はありません。すべての魂に対して、しっかりと哀れみ、愛を持てば、超えることができます。
 あるいは、嫌悪の念が出たとして、これは皆さんが自分と他との区別をなくしてこそ、最終の解脱があるんだということを意識すれば、その嫌悪の念が自分の修行を妨げているものであるということが理解できるはずです。
 そして、学問における「超える」とはどういうことかというと、知識における「超える」とはどういうことかというと、自分の知識が、すべての魂を利する、利するように思念する。これを理解し実践するならば、学問を超えることができます。
 そして、我が身我でなしと。五蘊即我でなしと。五蘊を超越したとこに自己が存在するんだということを、皆さんが認識すれば、必ずや素晴らしい心を培い、素晴らしい転生が約束され、そしてラージャ・ヨーガ、クンダリニー・ヨーガ、マハームドラーへの道が開かれるはずです。
 皆さんは今回、多くの体験をしました。ある人は光を見----これは自分自身のね、煩悩だと思ってよろしい。ある人は変化身の体験をし、ある人は無の体験をすると。これは、皆さんの前生のカルマが現われたものといえるでしょう。そして、これだけ激しい修行に耐えた皆さんは、必ずや多くのカルマを落とし、次の生においての大きなメリット、あるいは今生においての大きなメリットを得たはずです。土台を固め、心を完成させ、素晴らしい自己を確立してください。そして、自宅へ帰られても、今なしている修行、これをできるだけ継続し、自己の完成、あるいはすべての魂を利するという心の完成を達成してください。
(拍手)
 最後に、皆さんのね、エネルギー、心の状態を一人一人見してもらったけども、みんなかなりステージが上がってます。逆にその分、内側のいろんな煩悩が出てるかもしれないけど、それは、輪廻転生のときにあなた方が経験する、ある意味での錯覚というか、苦しみです。で、そこまで経験してきてるということは、今回の狂気の集中修行は、あなた方に大きな恩恵を与えています。
 例えば、黄色い光を見た人は、あ、これはわたしに貪りの心があるんだなと。もっと、布施の実践をしなきゃと。例えば、緑色の光を見た人は、あ、自分自身は真理がまだ根づいていないんだなと。もっと、教学をして、妥協しない心を作り上げなければと。例えば、白い光を見たら、あ、自分は何でも曖昧にしたいという心の働きがあるんだなと。もっとはっきりと、例えば嘘のカルマをね、止滅しなければと。例えば、暗性で何も覚えてない、あるいは瞑想体験がないという人については、あ、自分は完全に身体を我だと思ってる、つまり有身見があるんだなと。そして、嫌悪の感情が強いんだなと。もっと、そこを乗り越えなければと。例えば、赤い光を見たら、あ、これは性欲かな、それとも闘争心かなと。こういうことをしっかりと理解できるレベル。そういう経験をしたはずです。
 あなた方は、その経験をしたということは、これからの人生において、多くの指針の変更、つまり生き方の変更がなされなれければならない。教学、功徳、瞑想、そして、こういう狂気の集中修行、イニシエーション等をしっかりものになさり、自分自身の輪廻転生を確実なものにしてください。
 それでは、これで、一九九一年、狂気の集中修行を終了いたします。

 これでわたしもルン・トラブルが解消され、鼻が止まり、すっきりした毎日が待ってるはずです。毎年のことだからね、これは。しつかり頑張ってください(笑)。