アレフ教学システム 問題D
第2章 8話

※(1)〜(25)に適切な言葉を入れてください。

 それでは、まず(1)についてから話をしたいと思います。一言で「(1)」といっても、単純ではない。それはその状況、そして、その人の(2)の持ち方によって、(1)にもなり、あるいは(3)にもなる。
 例えばここに対象となる人がいて、その人に(4)をしたと。で、その人はその(4)を得たがために働かなくなり、(5)になり、そして生活が乱れたと。
 その場合、(4)には二つの要素があるわけだけども、その一つの要素、つまり(6)、そして対象に対して喜んでもらうと、この部分については確かに(1)の(7)を得たことになるが、もう一つ、対象を(8)するという、(1)のもう一つのメリットについては(7)を得ることはできない。
 ところが、例えばある人が(4)をしたと。その(4)によって、その人は例えば(9)から解放され、そしてその(4)によって多くの(1)を積むようになり、そしてその人の(2)も行為も言葉も清らかになっていったと。
 この場合、この(1)には二つの要素、先程述べたとおり、まず(6)の(7)と、そして喜んで対象に与えるという(7)、この第一の点の(1)だけではなくて、対象を(8)したと、つまり(4)した対象を(8)したという(1)、この二つの点を(8)することとなる。


 それはどういうことかというと、例えば、「これは自分のできる(10)のお布施でございます」と、「しかし、わたしは(11)これを布施したいと思います」という、布施をする前に心の功徳を積むと。
 そして、布施をしながら、言葉において、(12)において、「どうぞこれをお使いください。どうぞこれをお受取りください」といって布施をすると。
 そして、終わったあと、「ああ、よかったなあ」と、「わたしはこれで多くの功徳を積むことができた」と。「今わたしにできる、これが(10)の布施なのである」と、そう(13)と。


 それは、先程も述べたとおり、その一つ一つの行為に心を乗っけ、(14)を乗っけ、そして行為を乗っけ、そして始める前に(15)を行ない、(16)しながら(15)を行ない、そして終わったあと(15)を行なうという、二重、三重、四重の構造を取って功徳の(16)をするならば、それは心の(17)につながり、(14)の(17)につながり、そして身の(17)につながるからです。


 よく考えてみましょう。修行方法の中には、功徳を積む(18)があります。例えば、マンダラ(19)などその典型です。あるいは「小乗のツァンダリー」において、マハーマーヤーに(20)したり、ホワイトターラーに(20)したりして行なう(18)もその典型です。
 しかし、その(18)のときには、実際、対象に対して何かを(19)しているわけではありません。それは心を使い、(21)を使い(19)しているわけです。それでも、わたしたちは大きな功徳を積むことができるのです。


 先程も述べたとおり、功徳には第一の点と第二の点が必要です。そして、第二の点、これが特に(22)や覚者、あるいは向煩悩滅尽多学男、向煩悩滅尽多学女、あるいは到達真智運命魂、あるいは(23)や帰依信女のように(24)を具足している人、これに対して供養した場合、それはちょうど鏡のように(25)され、例えば心において功徳を積んだ場合、心にその(25)が返り、そして心の浄化とつながるからなのです。